ぱんださん40代で発達障害

日常、健康、思うこと

拉致被害者 横田拓也氏 講演

北朝鮮人権侵害問題啓発講演会

 

アニメ めぐみ 

 

こういう感じだったのか・・と思いました。

 

以前横浜市で横田早紀恵さんの講演を聴いたことがあります。

 

そのときに、テレビではわからないことがありました。

 

息子さんのお話

 

お父様がお亡くなりになって、コロナで講演会もなくなって久しぶりだったそうです。

 

私たちがみたアニメを弟さんは全部みたことがないとおっしゃっていました。

 

残酷でつらく、平常心で講演することができなくなるからだということです。

 

拉致されて43年

 

横田家の人生が大きく変ってしまった。

 

いつ帰国できるのかわからないままずっと活動を続けていらっしゃる状況

 

想像絶する話です

 

拉致当日、帰りの遅いめぐみさんを心配したお母様が学校に行くと、部活は終わっていた。

家にも帰宅していない

小さい弟2人を連れて新潟の11月の町を探しまわったそうです

お父様にも電話して帰ってきてもらい探したが見つからず

警察に捜索願をだし、誘拐・事件・事故・駆け落ちも考えていたそうです。

警察犬は家の目と鼻の先で匂いがわからなくなったので、家までもうすぐというところで拉致された

お母様は、雑誌をみてめぐみさんに似た人が映っていたら出版社に電話、テレビにめぐみさんに似た人がでていたらテレビ局問い合わせしていたそうです。

身代金要求電話、無言電話、嫌がらせ・・ありとあらゆることが何度もあった。

日本にいる北朝鮮工作員がしたのかもしれないと思っている

報道は当時北朝鮮のことを腫れ物に触るように報道していた。

日本人も北朝鮮のことをよく知らなかった

 

20年たって脱北した北朝鮮工作員がめぐみさんのことを話してくれて判明した

拉致され、船の底に乗せられためぐみさんは「お父さん、お母さん、助けて」と泣き叫び壁をひっかいたので、爪がボロボロになり、血で染まっていたそうです

 

ご両親は弟さんの前で泣いたり、動揺することはなかったが、後にお母様が弟さんが学校にいくと泣き叫んでいた、と話されたそうです

お父様は弟さんがぐれたりしないように、犬を飼って、毎日散歩に連れて行ったそうですが、今思えば散歩をしながらめぐみさんの痕跡をみつけようとしていたのではないかなと思う

 

脱北者が拉致のことを話しても日本の報道は北朝鮮がそんなことしないといっていた

 

 

報道は、真実・間違い・取り上げないの3つがある

報道の責任も思う

 

北朝鮮が拉致を認めたら、北朝鮮のしたことと真逆のことを話していた有識者はどこかにいった

 

国内も状況がひっくり返った

 

 

北朝鮮は自殺したと言ってきたが、めぐみさんは明るくしっかり者だったのでそんなことはない

遺骨だといって戻ってきた骨も別人

診断書や死亡届けもねつ造されたもの

 

横田滋さんは毎日講演に行っていた

弟さんが、一日くらい休んだらと言ったこともあるが「やれることをやる」といって走り続け、疲労で入院、闘病、他界しました

 

親世代が最前線にたてなくなり、子供世代が最前線にたっている状況は異常です

 

人権侵害、主権を侵されているのに被害者が最前線にたっていることにも疑問があります。

 

コロナが落ち着いたらアメリカにいき、政府機関や議員に訴えていきたい

 

 

お父様は、めぐみさんが帰国されたら「六本木をみせたい」

 

お母様は「誰にも邪魔されずに草原に寝転がって空をみたい」

 

拓也氏「負けるわけには行かない。言葉で訴えるしかない。それが武器。姉が飛行機のタラップを降りてきたら日の丸で姉の体をくるんでやりたい」

 

横田さんのお話を聞きに行ったよと周りの人たちに話して欲しい

風化させないでほしいと訴えていらっしゃいました

 

応援していきたいです!!